【秋になったらいちごを植えて】 前編:心に種をまくように、めぐる季節を楽しむ人

ライター渡辺尚子

阿部真由美さんは、植物やお菓子の絵を描くイラストレーター。憧れの人のひとりです。

阿部さんが描く草花は、触れたくなるようなみずみずしさがあり、お菓子の絵は、いかにもおいしそうで、口の中に味や香りが広がる気がします。

でも、阿部さんが素敵なのは絵だけでなく、その暮らしも。

東京から栃木に越して10年。ゆっくりと育ててきた庭では、そばを小川が流れ、季節の花が風にそよぎ、木々が木陰をつくります。

 

凍てつく季節も、春の景色を思い描いて

いつだったか訪れたときは、真冬だったので、庭の植物には、まだ花も実もついていませんでした。その庭を、阿部さんは1時間ちかくかけて案内してくれました。

「ここは春になるといっせいに芽吹いて、ホワイトガーデンになります」「これは、ねむの木。夏になると大きな木陰ができて、ピンク色の花がふわっと咲くんですよ」「この小道はブルーベリーがなります」などと言いながら。

わたしの目に映るのは、凍てついた黒い土だけ。

けれども阿部さんの胸には、この先の、緑が萌えて花や実があふれる光景が広がっているのです。

なんて素敵な日々なんでしょう。どんなに寒い冬でも、その先の希望が見えているなんて。阿部さんのように、めぐる季節を楽しみにしながら毎日を過ごしてみたい。

私も、なにか育ててみようかな。

そうつぶやいたところ、阿部さんはニコッと笑って、「秋になったらイチゴを植えるといいですよ」とささやいたのです。

あのときの言葉が忘れられなくて、再び、阿部さんの家を訪ねました。

「まずはどうぞ」と渡してくださったのが、グラスに入った水のゼリー。

「ふつうの水を、アガーでかためただけなんですけれど、これをかけるとね」と、自家製の梅シロップをかけます。ひとさじすくって口に入れると、するん。涼やかで喉がひらきます。

「おいしいでしょう? お邪魔したお家で、黒蜜をかけたのをいただいて、うちでもやってみることにしたの」

喉をうるおし、ひと息ついたところで、私達は、阿部さんの後ろについて庭を散策しました。

 

ひとりでも、無理なく楽しく庭を育てる

庭は緑にあふれていました。木陰に風がわたり、小道を蝶が飛び交い、足元からアマガエルが飛び出してきました。

ひとりで広大な庭を育てるのは、大変な気がしますが、「そんなことないですよ」と阿部さんは笑います。

「手間がかからないようにするにはどうしたらいいか、いつも考えているから。たとえば、芝を張ると、雑草が目立たなくなるうえ、上品そうに見えるし、建物や石段の足元に生えた草さえ抜いておけば、全体にきれいに見えるんです」

そうはいっても、水をあげるだけでも大変そうなのに!

そう言うと、阿部さんは「庭も畑も、ふだんは水やりしません。水をあげるのは、苗を植え付けるときだけ。あとは自力で育ってもらうんです」と答えました。

阿部さん:
「鉢植えだと、苗の上からじょうろで水をかけるでしょう。

でも、地面に植える場合は、まず穴をほって、その中にたっぷり水を注ぐんです。それから苗を植えるの。

こうすると、苗は下へ下へと根を張って、自力で水を吸うようになるんですって。

だから、苗を植えながら『今日は水をあげるけど、明日からはひとりだよ』って、言い聞かせるの(笑)」

明日からはひとりだよ。がんばって育つんだよ。苗に話しかけている阿部さんを想像して、思わず口角が上がってしまいました。

 

人も植物も、次の季節の準備中

菜園の中央で阿部さんが指さしたのは、スイスチャードが茂る丸いプランター。

「ここに、そろそろイチゴを植えようと思うんです」

どうやら阿部さんの頭のなかは、もう、次の季節に向かっているようです。

「イチゴタワーをつくろうとおもって」と見せてくれたのは、昨春に撮影したというプランターの写真。3段になってる!

阿部さん:
「10月に植えた苗は、冬の間、葉先がほんのり赤みを帯びて、寒さに耐えています。

見た目にはなにひとつ動きませんが、地下では根っこを伸ばして、次の季節の準備をしています。

そうして春になると、じっと耐えていた株の中心から、新しい葉が出てきて、ぐっと立ち上がるんですね。

このタイミングで追肥すると、芽が動き出すんです」

お話を聞いていると、心の中で緑の芽がのびていくような気がします。

 

完熟のイチゴは、とびきり甘く香りよく

阿部さんは、イチゴの苗をどこで買うのでしょうか。

阿部さん:
「うちに、親株があるんです。ホームセンターで何年か前に買った、トチオトメ。」

親株からは、ランナー(つる)が伸びていました。よくよく見れば、ランナーの節々からは小さな根っこが出ています。この下に土を入れたプランターを置いておくと、根付いて子株になるというわけです。

親株の周りには、すでにいくつもの子株ができていて、まるでイチゴの保育園のようです。

ここから子株を移して、夢のいちごタワーをつくるのだそう。

阿部さん:
「そんなにたくさんはできないし、プロの農家が育てたものを買ったほうがおいしいかもしれません。

けれども、自分で育てたイチゴは格別なんです。香りもいいし、小さくても嬉しいの」

庭先で完熟になるまで育てたイチゴは、甘い香りをふりまいています。指先に少しでも力を入れようものならそのままジュースになってしまいそうなほどぽってりとしたのを、そうっとつまんで口に入れる。素晴らしい香りが、口に、胸に広がります!

いつだったか、栃木の農家のかたが「完熟のイチゴを食べてごらん。身体からイチゴの香りがしてきて、道行く人が振り返るよ」とすすめてくれたことがありました。冗談だと思って笑ったけれど、もしかして本当にそうだったのかも。

おしゃべりしているうちに、雨が降ってきました。猫のきな子さんが、「あの人達は何をしているのかな?」というような顔で遠くからこちらを見ています。

まだ咲いていないイチゴの花を想像し、想像の完熟イチゴを味わい、想像の香りをかぐ。

凍てつく冬のその先に待つ、嬉しい季節を思い描いて、わたしたちのイチゴ談義は続きました。

後編では、阿部さんのお仕事と暮らしについてご紹介します。

 

【写真】長田朋子(13枚目以外)

 

もくじ

 

阿部真由美

花や野菜を育てながら、雑誌や書籍に季節感あふれる暮らしのイラストレーションを描いている。2014年4月、長く暮らした東京から、生まれ育った栃木県へと住まいを移し、本格的に庭づくりを始めた。


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