【人生は木のように】前編:ふたりで150歳。自宅で私設図書館「木林文庫」を営む、須山実さん・須山佐喜世さん夫妻を訪ねました
【人生は木のように】後編:ゆっくり、人と出会いながら。「ふたりで半人前って僕たちよく言うんです」(須山実さん・須山佐喜世さん)

編集出版事務所「エクリ」を営む須山実(すやま みのる)さん・須山佐喜世(すやま さきよ)さん夫妻。
都心にあるマンションの自宅で、私設図書館「 木林文庫 」を運営しています。その名の通り、樹木にまつわる本が集まる様子は、まるでさまざまな植物が集い合う静かな森のよう。
現在70代。長く本作りと暮らしを重ねてきたおふたりに、前編では仕事とこれまでについてを伺いました。続く後編では、波瀾万丈にも見える人生の内側に、一歩踏み込んでお話をお聞きします。
前編から読む流れるまま、わがままに、生きちゃった

昨年、木林文庫10周年と同時に、結婚50周年を迎えた実さんと佐喜世さん。
人生山あり谷あり、紆余曲折もありながら、さまざまなことを乗り越えてきたのでしょうか。これまでの生き方をもう少し聞きたい、と水を向けるとこんなふうに返ってきました。
実さん:
「うーん、どうだろう。生き方なんてものはなくて、しいて言えば『生きちゃった』という感じかな。紆余曲折だとも思っていないんです。右に行こうか、左に行こうかと迷うこともなく、なすがまま、流れるまま。少々無理をしてでもわがままにやってきました」

実さん:
「どちらの親も何も言わず、やりたいようにさせてくれたのも大きいと思います。ふつうなら、大事な娘の夫が稼がなかったら、いい顔をしないと思うんです。ましてや、新婚早々、妻を日本に残して、ひとりでフランスに行ってしまって(笑)。
あとはやっぱり、この人が隣で、我慢強くいてくれたからですかね」

佐喜世さん:
「我慢だなんてことは思ったことは一度もないんです。わたしはわたしで、やりたいことをしてきましたから。住む場所があり、親もわたしたちがやりたいことを理解してくれて。そのおかげ。
だからこそお金はなかったけれど、楽しくやってこれたのだと思います」
人と比べようがない経験をしたことで

お金を稼ぐだけの仕事より、美しいと思える本を。そして自分に正直な生き方を。
「やりたいことをやる」。言葉にすれば簡単ですが、なかなか難しいのが現実です。どこかの誰かや世の中の「ふつう」と比べて尻込みしては、自分でストップをかけてしまう経験もあったような気がします。
けれども、ふたりには「誰かと比べる」という気持ちがまるでありません。
佐喜世さん:
「高校時代、ネフローゼという病気で2年間ほとんど寝たきりで過ごしました。
通学カバンを持って教室に行くことすらままならず、みんなと同じことができない時期が長かったので、人と同じだとか比べるだとかの感覚がなくなったのだと思います。
おかげさまで今はすっかり元気になりましたが、お医者さまからは進学も就職も結婚も出産も諦めなさいと言われていました。それでも親はやりたいようにさせてくれて、お医者さまに止められたことも全部やっちゃった。気づいたら男の子3人のお母さんです(笑)」
よく話すこと、一緒に歩くこと

「どんどん元気になって、今じゃ君のほうが強いもんなあ」と笑顔の実さん。仲睦まじいおふたりですが、ずっと一緒に過ごしてケンカすることはないのですか?と聞くと、どうかなあとお互い顔を見合わせました。
実さん:
「ケンカなんてないけれど、僕が片付けられなくて叱られるくらいかな。彼女はリビングで作業をして、僕は書斎で本を読んでいる、そんな感じで家の中のあっちとこっちで過ごしていることも多いのでね。
そのかわりではないけれど、朝ごはんや散歩の間はよく話します。モランディとボナールを一緒にしたような美しい絵の夢を見た、とか、なんてことないことですよ。
車も自転車も持たないので、歩くしかないんです。毎日のように、好き勝手に気の向くままに。なんでもないことをしゃべりながら片道4キロくらいは歩いて出かけます。
でも、ひとりで歩くのはつまらないんですよね。黙っていても、ふたりならいい。たまにひとりで歩くと、『つまんないものだなあ』と改めて思わされます」

向かいあわせで支え合うのではなく、並んで同じ方向を目指して歩いていく。話を聞いていると、おふたりの関係性がそんなふうにも見えました。
実さん:
「半径4キロ、僕らのゆっくり歩きで1時間ちょっとの範囲、近隣の店や住人を訪ね、写真とインタビューで紹介する『きんりん』というフリーペーパーを作っています。
始まりは、なじみの店や友人を訪ねるところから。そうして人づてに出会っていくうちに、素敵な方とのつながりがどんどん生まれてね。いい街に住んでるなあと思いました。
萩尾望都さんの漫画『11人いる!』にならって11号まで出すのを目標にしていたはずが、24号まで作ってしまいました。
結局のところ、歩くというのは人に会いに行くことの楽しみです。話すとみなさんいい人だし、おもしろいんです。このフリーペーパーが続いているのも人に会って話を聞くおもしろさがあるからだと思います」
結婚50年、ずっと「ふたりで半人前」

人に会う楽しみは、ご近所ばかりではありません。昨年は結婚50周年に加えて、エクリを立ち上げて30年、木林文庫は10年という節目を迎え、かつて実さんが住んだパリを中心に、約1ヶ月のヨーロッパ旅行へ出かけました。
佐喜世さん:
「イギリスは60年来のペンパル(文通相手)を訪ねて泊めていただいたんです。
どの場所でも知り合いを訪ねる旅だったので、観光というよりもお家にお邪魔して、その土地のおいしいものをご家庭でいただいて。それが何より楽しかったです。わたしたちにとって、旅は人に会いにいくものなのだと思います」
▲30年来、家族で通い続けている霧ヶ峰の「山の家 クヌルプ」。山小屋を営む夫妻とその周囲の声を束ね、歴史と物語を一冊にしました。
実さん:
「国内なら、自分たちが作った本を持って地方の書店に行くことが旅になります。そして書店に行くのは、書店の人たちに会いに行くということ。
そう思うと、この木林文庫も、フリーペーパーの『きんりん』も、エクリの本作りも、旅も、すべて『人と出会うこと』が軸になっているのでしょうね。
大学までは気の合う友達もできず、自分は人嫌いなのかと思っていたくらいなのに、気づいたらみんなに支えられ、そのおかげでやってこれました。
よく『半人前』なんて言いますが、僕らはふたりで半人前。そのくらいでちょうどいいのかもしれません。肩ひじ張らずマイペースに、話しながら、ゆっくり歩くというのが僕らなのかな」
ゆっくり歩きで、これからも

「コーヒー、召し上がりますか」と、実さんが立ち上がりました。結婚祝いに頂いたという50年もののコーヒーミルで豆を挽き、その隣では佐喜世さんがお茶菓子を準備してくれています。
コーヒーを飲みながら、実さんが「そうそう、これ」と、なにかをケースから取り出しました。宝物をそっと手にするような表情で見せてくれたのは、古い映画誌です。
実さん:
「高校生のときに買った、映画『アンネの日記』の対訳シナリオ集です。
最後に出てくるセリフ、『In spite of everything, I still believe that people are really good at heart.』という言葉がなぜか忘れられませんでした。 "In spite of" ってのがいいなあと。意味よりもまず言葉に惹かれたのかな。
『いやなことばっかりだけど、人の心は善だと信じます』。
当時、何か嫌なことがあったわけでもないんです。むしろ嫌なことを経験するのはもっとあとだったけれどね(笑)」

これまでに点在していた好きなものや、理由もわからず追い求めたこと、思いがけず引き受けた仕事、人との縁。それらがつながり、いつしかまとまり実を結んでいく。その予想もつかないおもしろさは、人生を重ねてこそ味わえるのでしょうか。
自分の歩くペースで。のんびりのんきに、正直に。未来を怖がるより、降っても晴れてもありのままを受け入れながら自由に枝葉を伸ばしていけたら素敵です。
おふたりの話を聞いているうちに、わたしという木を自分らしく育てていくのが楽しみになりました。

【写真】土田 凌
もくじ
第1話(11月25日)
ふたりで150歳。自宅で私設図書館「木林文庫」を営む、須山実さん・須山佐喜世さん夫妻を訪ねました
第2話(11月26日)
ゆっくり、人と出会いながら。「ふたりで半人前って僕たちよく言うんです」(須山実さん・須山佐喜世さん)
須山実さん・須山佐喜世さん
編集出版事務所エクリ、「木林文庫」主宰。実さんは1948年生まれ、編集者。佐喜世さんは1949年生まれ、編集者・翻訳家。1994年に〈エクリ〉を立ち上げ、年一冊のペースで出版。木林文庫のはじまりや二人が好きな本や漫画について、のんびり語るYouTubeを毎週土曜日に公開。東京・学芸大学の私設図書館「木林文庫」は毎週金曜日と第2、3土曜日のみ、事前予約制。
HP:
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Instagram:
@ecrit_kirin
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