【50代の一歩】前編:料理家から店主へ。スズキエミさんの新しい道

ライター 瀬谷薫子

今年5月、都内に「anco」という名のお店がオープンしました。当店でもたくさんのレシピを紹介してくださっている、料理家のスズキエミさんがはじめたお店です。

冬の終わりに取材でお会いしたとき、「気になる物件を見つけてしまった」と興奮した様子でエミさんは話していました。それから数ヶ月、驚くほどのスピードで店を作り、ここにオープン。

その決断の速さと軽やかさには、なにか強く決めたものに向かっていく芯のようなものを感じました。

「anco」は名前の通り「あんこ」の店。エミさんが手がけたあんこのおやつに、旦那さんの淹れる珈琲が並びます。

50代を迎えた彼女が今、料理家から店主へと舵を切ったのはなぜなのか。今、お店を始めてみてなにを思うのか。新たな一歩の実感を、今日から前後編でうかがっていきます。


15年続けてきた料理教室を手放して

訪ねたのはお店の夏休み最後の日。明日からの営業を控えて、エミさんはあんこを炊いていました。炊けたあんこはバットへ山形に並べ、熱気と水気をならします。

その日に使うあんこを、使う分だけ炊く。手間暇かけた仕込みに感じるのは、やはりエミさんらしさ。

彼女にとってあんこは、長年作ってきた名刺代わりのような存在です。

店をもつという構想は、実は昨日今日に生まれたものではありませんでした。数年前から、いつかとぼんやり頭に描いていたこと。それが今年、さまざまなタイミングが繋がって、実を結びました。


きっかけのひとつは、料理教室でした。

「暦ごはんの会」という名で、15年開かれてきたエミさんの教室。

季節の野菜を使った、餃子やカレー、ハンバーグ。身近な中にひとさじの工夫が光る、今日すぐ帰って家族に作りたくなるような料理は、たくさんの生徒さんに愛されてきました。

そんな料理教室を「たたむ」と宣言したのが、昨年の秋のこと。更年期障害がひとつの契機になりました。



これ以上新しいレシピが浮かばない。

変化を感じるようになったのは、40代後半ぐらいから。体の不調もありましたが、仕事をする上で特に悩んだのは、気力の問題でした。

15年間の料理教室で、毎月のように企画し続けていた新しいメニュー。

自然なことのようにできていたそれが、40代後半にかかって急にできなくなってしまったといいます。

エミさん:
「独立してからずっと、レシピのアイデアに困ることはなくて、いくらでも出せるものだと思っていたんです。

自分がメニューを立てられなくなる日が来るなんて、まったく思っていませんでした」

それでも教室に通う人たちのために、毎月新たなレシピを絞り出そうと努めました。目新しい料理を試したり、生徒さんたちにリクエストを聞いたり。それでもやはり、限界を感じます。

エミさん:
「周りからは違うものを作ることにこだわらなくてもいいんじゃないって言われました。具材を変えるだけで十分だよって。

でも、なんででしょう。私はそこのこだわりが捨てられなくて、違うものを作らなきゃって思ってしまう。そういう人間なんだと、知りました」


料理家という職業についてからは、人の料理の本を読むことを避けてきたといいます。

読むことで、そのつもりがなくても似たものを作ってしまいそうで怖かったから。

15年もの間、自分の中から出てくるものだけで料理を作り続けてきたエミさん。気持ちの変化は、バケツが満杯になったサインだったのかもしれません。



なにかを手放さないと、前に進めない

同時期、体を見直すために始めたヨガや整体をきっかけに、長年溜め込んでいた体の無理に気づきました。

エミさん;
「この状態でよく立って、仕事をしていたね、と先生に言われました。どうやらずっと硬直状態になっていたようで。

言われてみれば40代の前半から、なにかしらの不調は常にありました。でも、見て見ぬふりをしていたんだと思います」

目の前の仕事に夢中になるあまり、無理をさせたまま置いてきぼりにしていた体のこと。

更年期障害をきっかけに、はじめて目を向けることができたといいます。

エミさん:
「今この状態を変えるには、なにかを手放さないと、前に進めないと思いました」

考えた末、エミさんは15年続けてきた料理教室を閉じることに決めました。昨年の秋のことです。


気持ちの整理をするため、その頃から「note」に思いを書き始めたエミさん。

当時の書き物には、更年期に悩んだこれまでのこと、教室を閉じることの報告。

そして最後に、「わたしはわたしを許すことができたから大丈夫」と綴っています。

店を開くことは、教室を手放した際にはまだ考えていなかったといいます。まずは空っぽに。それが先でした。

これからどうしようか。考えたときに、心の中に「店」というものがふと浮かんだといいます。

エミさん:
「歳を重ねるつれて、誰かのために何かやりたい、役に立ちたいという気持ちの比重がだんだんに大きくなっていきました。

料理家という仕事は今も好きです。ただそれは私にとって、強くいなければとか、自分を張っていなければという気持ちになるようなものでした。

もう少しシンプルな気持ちで、人に喜んでもらえることがしたいと思ったんです」

誰かに「おいしい」と喜んでもらえるものを作りたい。料理をはじめた原点にある、そんな気持ちを追求した先にあったのが「店」だったのです。


50代。立ち戻った原点が「あんこ」でした

お店の主役にあんこを選んだのは、それがエミさんにとって、ずっと好きなものだったから。これならずっと無理をせず作り続けていられる気がしたからです。

エミさん:
「昔から、誰と比べてこれは勝っていると思えるものが、自分にはないなと感じていました。

ただ、私はなにかを地道に研究することが向いているかもしれないと、歳を重ねるにつれ思うようになったんです。新しいものを作るよりは、たとえばごはんの炊き方や、だしの取り方を突き詰めること。そういうことが好きだなって。

それじゃあお店をやるならなんだろうと考えたときに、あんこかも、と。自分の作るあんこは、やっぱりおいしいなと思ったんです」

昔から作っていたあんこも、こんなに毎日炊くようになったのははじめてのこと。作り続けてもやはり飽きず、日々、同じ仕上がりになることはないといいます。

エミさん:
「ずっと自分は飽きっぽい性格だと思っていました。でも、それも歳をとるにつれて変わったみたいです。毎日同じように繰り返している料理こそ、奥が深くて、飽きないんですよね」


豆を火にかけ、柔らかくする。砂糖と、少しの塩で味を決める。ごはんを炊くようにシンプルな料理には、エミさんが料理家として大切にしてきたものが詰まっているのかもしれません。

後編では、店を立ち上げていくまでのこと、オープンした今の気持ちを伺います、


【写真】上原未嗣

コマツエミ

料理家 / 「anco」店主。夫と中学生の息子との3人暮らし。素材の持ち味を生かし、日本の四季を身近に感じられるようなごはん作りを提案する。今年、都内であんことコーヒーのお店「anco」をオープン。

Instagram: anco.tokyo


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