【50代の一歩】後編:うまくいっても、いかなくても。考えてやってきたことに、無駄はない

ライター 瀬谷薫子

今年5月、都内にあんこのおやつとコーヒーの店をオープンさせた、料理家のスズキエミさん。

前編では更年期障害を境に変化した気持ちと体のこと。料理家から、新たな一歩を踏み出すまでのストーリーを伺いました。

後編では、お店をオープンして3ヶ月経った今の心境と、これからのことを聴いていきます。


前編はこちらから

物件と出会い、急ピッチで進んだ店づくり

長年続けてきた料理教室をたたみ、あんこの店を開こうと決めたエミさん。店の構想を始めた矢先、物件との出会いは突然でした。

イメージしていたエリアにいい建物が見つかり……そこからは迷う間もなく、急ピッチで店づくりが始まりました。


とはいえそこからの道のり、まったく楽なものではありませんでした。物件はまっさらな状態(スケルトン)で借りたので、まさにゼロからのスタート。

自分で決めて自分で動かなければならないことが想像以上に多く、「お店作りがこんなに大変だというのを、50年の人生で初めて知った」と話します。

エミさん:
「振り返れば、あの時ああしていればよかったと思うことも多々あります。

たとえば、お店のペンキ塗りを自分たちでやったこと。オープンぎりぎりまで内装に手をかけていたんですが、本当はその時間、メニューを決めたり試作をしたり、もっとするべきことがあったんですね。

いざ店ができてから中身が整っていないことに気づいて、あれがない、これがないと、てんてこまいになりました」

オープンしてしばらくは、連日予想以上の人が来て、エミさんは調理にかかりきり。嬉しい悲鳴ですが、顔を上げてお客さんの顔を見ることすらままならなかったそう。

3ヶ月が経ちペースは掴めてきたものの、それでもまだ、無我夢中。目の前のことでいっぱいいっぱいだと言います。


こだわりを持ち続ける難しさ

今まで大事にしてきたことを、保ち続けることの難しさ。それは、店をはじめてからたびたび直面している悩みです。

エミさん:
「厨房も、はじめは収納をあまり見せたくなくて、おもてに棚なんていらないと思っていました。

機能だけでなく見た目も大事と。住まいと同じ感覚でいたんです。

でもいざ店を開けてみたら、道具をさっとしまったり、取り出せたりする実用的な棚がないとまったく動けないと気づいて。急遽工事を追加することになりました」

エミさん:
「今は、店の張り紙一枚を書くのにも悩んでいます。

あまり大きな文字で、派手な見た目にはしたくないのですが、すると近所のおばあちゃんには『見えない』と言われて。もっと大きくしたらいいじゃないって夫にも言われるんです。頭では、わかってはいるんですけどね」

”自分が良いと思うもの” を、誰かに伝えることの難しさ。お店をはじめて実感しているといいます。


料理が大変だと、はじめて思いました。

料理家として、店主として。お話を聴いているとエミさんは、ふたつの立場のはざまで悩んでいるようにも見えます。

店で出すメニューはすべて手作りです。あんこだけじゃなく、アイスクリームや寒天、果物のシロップまで。そこには料理家としてのエミさんのこだわりを感じます。

でも、店を回す上ではそれが想像以上に大変なことでした。

エミさん:
「仕込みにすごく時間がかかることに、やってみて気づいたんです。その分、お店を開けられる日が少なくなってしまって。 いつやってるの?ってご近所の方に聞かれることもあります」

仕入れたものを使うのも一案です。ただ、思う味を目指すなら、やはり自分の手で作りたい。するとたくさんは作れず、やっぱりお客さんの希望には添えない。

ここにも、こだわりを貫く難しさがあるといいます。

店がオープンしてからは、暮らしの時間割も変わりました。毎朝8時に家を出るその前に、家族分の朝ごはんを作ります。昼はおむすびを夫と2人分。朝のうちに準備していきます。

店を閉じてからは翌日の仕込みをし、帰宅するのは21時すぎ。そこから、エミさんは家族の夜ごはんを手作りしていると言います。

エミさん:
「以前よりはかなり簡易になりました。ただ、それでもお味噌汁は外せない、とか。手を抜けないことがあるんです。

夕食ももう少し手軽にできたらいいんですけど。私の中ではやっぱり、それも納得がいかなくて。ちゃんと食べたいって思うんですよね」

料理をして、食べること。それは料理家だからではなく、エミさんの性のようなものなのかもしれません。


もう、見栄は張らなくてもいい

店づくりは子育てにも似ていると言います。お店ができあがるまでは出産のよう。生み出す大変さがありました。ただ、それで終わりではなく、そこからが本番。休む間もなく、別の方へ走り続けているようです。

エミさん
「子育てって終わらないじゃないですか。日々、なにかの問題が起きたり、心配したり。ひとつのことが去れば、またひとつ何かが起こります。店も同じで、こんなに日々心配事や問題が尽きないんだと驚いています」

店から厨房を眺めて、嬉しそうな人がいればほっとする。反対に表情の晴れない人がいれば、なにか気を悪くさせたんじゃないかと気を揉んでしまう。

人が集まる場所は、楽しさもあれば難しさもある。お客さんとのやりとりも、いまだ試行錯誤の途中です。

店を作って3ヶ月。ここにはもっとハツラツとしたエミさんが居るのだろうと思っていました。

でも今日、想像よりずっと静かで、今までより力が抜けたような彼女に会って、少し意外な気持ちでした。

エミさん:
「うまくいかないことも多くて、自信がなくなっちゃうこともあるんです。

でもね、自信は昔からなかったんだと思う。それでも若い頃は見栄を張ってたんだと思います。なんでもできるって、思い込んでいないと立っていられなかったんだろうなって。

逆に言えば、今は見栄を張っていません。そのまま。自信がないから心配ばかりしていて、夫には落ち着いてってよく言われます」


店をオープンしたときに、エミさんはスズキエミから「コマツエミ」と、旧姓から本名へ、名を変えました。

それは、ここ数年で父親が亡くなり、自分自身も新しい道へ踏み出し、今なら変えてもいいのかも、と思うことがあったから。

そのままでいい。見栄も張らず、飾らない。エミさんはこうして、強がりの鎧のようなものを脱いでいったのかもしれません。


前進ではなくても。考えながら、動いていたい

あんことコーヒーが違うと思ったら、代わりにごはんを出すかもしれない。大きな舵を切ったように見えるけれど、意外にもエミさんは軽やかです。

エミさん:
「うまくいかなかったら、方向を変えればいいと思っています。この場所を作れたから何かはしていきたいですが、今やっていることが絶対だとも思っていないんです。

50年生きてきて思うのは、全部がすべて必要なことだったなということです。うまくいかなかったこともありますが、その都度、一生懸命考えてきたことならば無駄はないって。

うまくいったのかはわかりませんが、少なくとも私たちはいつも考えるのをやめなかったな、と思うんです。目の前のことを考えて、決めてきました。

その結果前に進めているのか、ぐるぐる回っているだけなのかはわからないんですけど。少なくとも自分たちのいいと思う方向に動いていると信じています」

これから「anco」という店はどうなっていくのでしょうか。

どんな形であったとしても、硬い豆をやわらかく煮ほぐし、やさしく味をつけるような。エミさんにとっての "あんこ” のような場所であり続けるのだろうと思います。

今はまだ大変なことばかりです。でも、あとから振り返ったときに、自分を考え続けて動いたエミさんの跡には、いい轍が続いていると信じて。

「ここからが人生の後半戦だと思っています」

もう一度スタートラインに立ったようなエミさんの言葉に、私も背中を押してもらった気がしました。


【写真】上原未嗣

コマツエミ

料理家 / 「anco」店主。夫と中学生の息子との3人暮らし。素材の持ち味を生かし、日本の四季を身近に感じられるようなごはん作りを提案する。今年、都内であんことコーヒーのお店「anco」をオープン。

Instagram: anco.tokyo


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